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大阪高等裁判所 平成7年(う)102号 判決 1995年6月06日

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役一年六月に処する。

この裁判の確定した日から三年間右刑の執行を猶予し、その猶予の期間中被告人を保護観察に付する。

原審における訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

一  本件控訴の趣意は、弁護人三住忍作成の控訴趣意書記載のとおりであるから、これを引用する。なお、弁護人は、控訴趣意書中の「第一 準強盗罪(事後強盗罪)の成否について」の項は、法令解釈適用の誤りを主張するものである旨釈明した。また、これに対する答弁は、検察官山田廸弘作成の答弁書記載のとおりであるから、これを引用する。

二  控訴趣意中、法令解釈適用の誤りの主張について。

論旨は、要するに、被告人のAに対する暴行(以下、単に「本件暴行」と言う。)はその反抗を抑圧するに足りる程度に至つていないから、窃盗、暴行罪が成立するにすぎないのに、これを反抗を抑圧するに足りると解して準強盗罪の成立を認めた原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令解釈適用の誤りがあるというのである。

そこで、所論にかんがみ、記録を調査して検討するに、本件暴行が反抗を抑圧するに足りるとする原判決の結論には賛同し難く、所論は正当である。すなわち、原判示の本件暴行は、当時の具体的状況下においては、いまだ被害者の反抗を抑圧するに足りる程度には至つていなかつたと言わざるを得ない。以下、更に説明する。

1  本件暴行それ自体の態様は、おおむね原判決が補足説明において判示するとおりであり、サンダル履きの右足を高く上げ、その足の裏で正面から被害者の左胸の下付近を思い切り踏み付けるようにして一回蹴り、その結果、被害者は、仰向けに転倒して背中と右ひじ付近を地面に打ち付けて、加療三日間を要する右ひじ、腹部(左胸の下)打撲挫傷、右背部挫傷の傷を負い、眼鏡も一メートル前後吹き飛ばされたというものである。ちなみに、被告人が蹴つた態様に関して、被害者は、原審公判廷において、「どーんと突くように」、「急激に押したような感じ」、「足の裏で蹴るような、踏み付けるような感じ」、「押すように突き放すように」などという表現を用いている。

なお、原判決の罪となるべき事実における「足で蹴り付け」という判示は、それ自体としてみると、足の裏以外の部分でボールを蹴るように蹴つたこと、あるいは、被告人の足が被害者の身体に当たる瞬間の速度ないし衝撃がかなり大きかつたことを意味するものと解する余地が多分にあるが、右補足説明における判示と併せ読めば、全体としてそのような趣旨を判示しているものとは解されないから、この点に関する事実の誤認があるとは言えない。

2  以上見たような本件暴行の態様を前提として、原判決は、それが被害者の反抗を抑圧するに足りると解した。確かに、<1>本件暴行が、「もしもし」などと声を掛けてきただけの被害者に対し、被告人から積極的に先制攻撃を加えたものであつて、被害者による逮捕行為を避けるなどの消極的、受動的な態様でなされたものではないこと、<2>その結果被害者が地面に仰向けに倒れてしまい、軽微とはいえ傷害を負い、眼鏡も吹き飛んだこと、<3>当時周囲には、被告人及び共犯者B子の逃走を防ごうとする者は、被害者以外にいなかつたこと、<4>被告人は、本件暴行の直後、窃取した食料品、日用雑貨等を入れたボストンバッグ及びビニール袋二袋を持つて、その場から逃走していること、<5>被害者は六二歳、身長一七〇センチメートルの保安係の男性であるのに対し、被告人は三六歳、身長一八〇センチメートルの男性であり、年齢差、体格差が大きかつたことなどに照らすと、原判決の判断にも理由があるように思われないではない。

3  しかしながら、他方で、本件暴行に至る経過、その他の具体的状況を更に検討すると、<1>当時被告人は、女友達のB子に万引をしようと誘い掛け、これを承諾したB子と共謀の上、犯行当日の午後三時ころから約三〇分間にわたり、後記甲野学園前店の店内で、食料品や日用雑貨など四二点を次々と買物用カートに入れた上、人目を忍んでB子持参のボストンバック内に詰め込み、さらに、稼働中のレジ前を通らずにサッカー台(商品を袋に入れる台)に至り、ボストンバッグに入りきらない商品を同店のマーク入りビニール袋二袋に詰め込んだ後、B子がボストンバッグを、被告人がビニール袋二袋を持ち、同日午後三時三〇分ころ、B子がだれかに見られているようだと訴えたこともあつて、同店正面入り口から敷地内通路に出て、足早に同店敷地から立ち去ろうとしていたこと、<2>他方、同店派遣の保安係として私服で勤務していた被害者は、右万引の途中から被告人らを尾行しており、人目を忍んでボストンバッグ内に商品を詰め込むのを目撃したが、弁解のきかない店外に出た後に声を掛けて事務室に同行しようと考え、そのまま尾行を継続した後、同店正面出入口を出た付近で、前方を足早に歩く被告人らに「もしもし。」と声を掛けたこと、<3>被告人は、被害者から声を掛けられるや、B子からボストンバッグを受け取り、ビニール袋二袋と一緒に持つて逃げ出そうとしたが、B子がその場に立ち尽くしてしまつたため、両手がふさがつていたこともあつて、とつさにAを足で蹴つて転倒させた隙にB子を連れて逃げようと考え、本件暴行に及んだこと、<4>その結果被害者が路上に転倒したが、やはりB子が逃げようとせず、かえつてその場に座り込んでしまつたため、被告人は、それ以上の暴行に及ぶことなく、ボストンバッグ等を手に持つて一人で逃げ出したこと、<5>被害者は、倒れた直後は一瞬ショックが残つたが、まずB子を確保することが必要だと考え、座り込んでいるB子にレシートを見せるように要求した上、保安係事務室にB子を同行したこと、<6>他方、被告人は、近くの料理旅館の敷地のやぶの中にボストンバック等を隠匿した後、B子を連れに戻つたが、被害者及びB子が既に現場にいなかつたため、B子が保安係事務室に同行されたものと考えて自ら同事務室に赴き、その後警察署に任意同行されて、同日夜に通常逮捕されるに至つたこと、<7>なお、被害者は、二年前から同店に私服の保安係として派遣されており、体重は七二キログラムと比較的大柄で、七、八年前に空手同好会に入つていたことがあること、<8>本件暴行の現場は、同店の正面出入口東南から約三〇メートル離れた同店敷地内の通路上であり、通路の北側にある自動車駐車場に沿つた部分は自動車置き場になつていることがそれぞれ認められる。

4  以上の具体的状況も併せ検討すると、<1>本件暴行は、両手がビニール袋等でふさがつた状態で、サンダル履きの足を高く上げ、その足の裏で被害者の正面から胸の下付近を踏み付けるようにして一回蹴つただけのものであり、それ自体としては、さほど重い傷害を与えるような性質のものではないこと、<2>被告人の意図も、被害者が転倒している隙にB子を連れて逃走しようというものであつて、右暴行によつて被害者の逮捕意思を制圧しようというものではなかつたこと、<3>被害者と被告人間には前示のような年齢差、体格の違いがあるが、他方で、被害者は、同店の保安係として二年の経験を有し、声を掛けるまでの対応や転倒後の対応も落ち着いている上、体格も比較的大柄で、空手を学んだ経験もあつたこと、<4>当時周囲には被告人らの逃走を防ごうとする者がいなかつたにせよ、現場は大規模スーパーマーケットの広大な敷地内の通路上で、近くには自動車駐車場や自転車駐車場等があり、時間帯から見ても、被害者の逮捕意思等を低下させるような事情はなかつたこと、<5>被害者がそれ以上被告人を追跡しなかつたのも、B子が傍らに座り込んでいたため、既に共犯者の一人を確保できたも同然であつたことが大きい理由であつたと解されること等の事情が認められ、これらを総合考慮すると、被告人の本件暴行は、いまだ被害者の反抗を抑圧するに足りる程度には至つていなかつたと解するのが相当である。論旨は理由がある。

三  よつて、その余の控訴趣意(量刑不当)についての判断を省略し、刑訴法三九七条一項、三八〇条により原判決を破棄し、当裁判所において直ちに自判すべきものと認め、同法四〇〇条ただし書により、更に次のとおり判決する。

(罪となるべき事実)

被告人は、

第一  B子と共謀の上、平成六年九月一二日午後三時三〇分ころ、奈良市《番地略》甲野株式会社学園前店において、同店店長C管理に係るジッポーライター等四二点(時価合計三万三七一五円相当)を窃取し

第二  同日午後三時三〇分ころ、同店正面出入口南東から約三〇メートル離れた同店敷地内通路上において、右犯行を目撃していた同店保安係A(当時六二歳)に呼び止められるや、同人に対し、その胸部をサンダル履きの足の裏で思い切り踏み付けるように一回蹴り、その場に仰向けに転倒させる暴行を加えたものである。

(証拠の標目)《略》

(法令の適用)

被告人の判示第一の所為は、平成七年法律第九一号(刑法の一部を改正する法律)附則二条により同法による改正前の刑法六〇条、二三五条に、判示第二の所為は、同法二〇八条にそれぞれ該当するので、判示第二の罪について所定刑中懲役刑を選択し、以上は同法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により重い判示第一の罪の刑に同法四七条ただし書の制限内で法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役一年六月に処し、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予し、なお同法二五条の二第一項前段を適用して被告人を右猶予の期間中保護観察に付し、原審における訴訟費用については、刑訴法一八一条一項本文により全部これを被告人に負担させることとする。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 青野 平 裁判官 重村和男 裁判官 的場純男)

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